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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
成りあがりの役人どもは、妻子を郷里において単身のりこんで来ていた。貧乏そだちの彼らには、与えられた権力と、賄われる俸禄がふいに気持を奢らしていた。開拓の方針に沿って、じっくり腰をおちつけ、新たな土地に埋もれようとは思いも及ばなかったのだ。漁夫や職人の出稼ぎ根性と気持は通じている。彼らには、酒も女も必要不可欠であったろう。見えぬところで、未来のために、地についた努力を致そうという心構えは、時勢が替って、被支配の位置に追いおとされた阿賀妻らの心情になっていた。出世の一段階とでも考えて出向いて来た人間が一人でもあったか。
「阿賀妻どの」と堀は低い声で云った。
「はあ――」
呼ばれて目をあげた阿賀妻は、見おろしている堀大主典のかなしげな眼を見た。それは不思議な――お互いの腹のなかでうんうんと領きあう了解の目つきであった。
「やっぱり、しかし、黒田さんは傑いですよ、そうお思いになりませんか?」
「そうのようですなア――」
「カラフトの問題をのぞけば、ですがね」
彼はそう云ってめずらしく笑った。厚い唇のおくに小さな白い歯がちらちらと見えた。
「あの人だけは心の底から北海道のことを考えていますよ――」