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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

「そうですか?――」と松岡の眼がぱちぱちと瞬いた。

「暑い季節ゆえ、気をつけて、化膿さえなければ、傷は大したことはない、家中のものがおぬしの後には控えておるさ、心配しなさんな」

ここにも妻女と子供がいた。四ツか五ツぐらいのその子は、母親の着物の裾にすがって添えもののようにあちこちし、まるい眼はきょとんと阿賀妻を見ていた。

「坊はおとなだのう」

「はい、坊は大人でございます」

母親が代ってそう答え、夫の枕もとで手をついた。

阿賀妻はちょっと頭を低げ、上り框に手をかけてぽんと一跳ね土間に突っ立った。蠅がわアんと飛び立った。

戸外はもう照りつけていた。陽も高くなっていた。人々はそこで黙々と待っていた。思わぬ出来事のため部署がみだれるだろうと思い、彼らは次の命令を待っていた。阿賀妻はその期待のなかに出て来た。跫音に突然あたりがひっそりした。人々はあわてて見まわした。見たところ何も変化はなかった。ただ、何かの虫がそこいらの草蔭でしんしんとすだいていたのだ。彼らはそれに気づいて、藍色をふかめた彼方の海を、遙かにそッとながめやった。背中にはこんなに暑い陽を受けていながら、こちらの鼻ッつらには迫り来る秋のけはいを感じている。