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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

残した家中のものを連れて来ることを宣言したとき、彼らの聚落には時ならぬ慌しいほどの往来がはじまったのだ。抑えていた郷愁がぱッと跳ね起きた。見えも外聞もなく、生れたその土地を見、その空を仰ぎたいのであった。おたがいの胸倉をつかまえ、女どもは肩をゆすぶって、声を立てて咽び泣いた。泣かずにいられなかった。津波のような回想にあえぎ苦しんだ。黴くさい納戸の空気に浸れば、身も心もとろけるような喜びがありそうに思われるのだ。祖父の墓石には苔が生えたであろうと心配し、庭の黄菊に錆がはいったにちがいないと思いなやんだ。文字通り、風の夜、雪の日には、何べんとなく思いに陥ちて涙をこぼした郷里であった。見て見ぬふりをする男の前で、女は涙をはな水か汗のように何げなく拭いていた。原野の風が千里を走るように思われ、しんしんとふり積る雪の日の静けさは、この思いをあちらまで運ぶ通力に何故ならぬかと身悶えした。

――帰りたい、帰ってみたい、と、そう思わなかったことは一日も無かったのだ。それを、口に出して云えないことを呪ったのだ。あそこに自分がいなければ、思えば、寸時もうまくやって行けないのではないか。