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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
それに比較したならば――と邦夷は自分を顧みた。妻子と離れて暮した十何カ月の暮しは不自由であったが、それを郷里に残しておこうと考えた先年の出発に妥協があったのかも知れない。
当然のことではあろうが、奥に会うことを考えると身内がぞくぞくした。そのことについて、誰かにもう少しいろいろ云って貰いたかった。
その考えを見届けたように、ふいに阿賀妻が云った。
「しかし、次第に南に進むにつれて、海の色さえ暖かく見えてまいります、さすがに、野や山の美しさは――」
「そうかのう」
「対影楼の秋色が思いだされます」
阿賀妻は眼をつぶってそう云った。そこで、この「殿――」の遊び相手をつとめながら彼の少年の日は過ぎたのであった。城内の小池小路にあったその古びた建物は有備館と呼ばれ、著名な儒者である佐久間洞巌が、筆を取って対影楼の扁額をかかげた。四書五経が授けられた。素読をおえて外に出た少年らは、池の周囲を走りまわった。椿の花の下で山陽の日本外史に読み耽り、胸をときめかした。城内第一の美しくつくられた庭園であった。
邦夷の妻子はその家にいた。それだけが、ご憐愍によって、没収の処置から除外され、もとの藩主であった伊達邦夷個人の所有とみとめられたものだ。