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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

今朝はもう旧領地であったところはすべて知って了ったろう。そしてそれと同時に、聞きかじりの蝦夷の様子がやかましく述べたてられた。先触れもなく、無論それらしいお供も連れない落人のようなこの度のお帰りが、思わしくないという蝦夷の土地柄とむぞうさに結びついた。ひそひそと、重大そうに――それだから、云わぬことでは無い、こうなることはわかっていたのさ、と語るのであった。お気の毒に、あれがお殿さまでしたか、と、城下の呉服屋は嘆息した。店先にいた彼は、どこかの志士が家中のどなたかをたよって辿りついたのだろうとしか思わなかった。手をもみ合せて彼は云った。

「――そうでございましたか、あれがお殿さまでございましたか、おいたわしい姿になられました」

これを裏書きするものが、あちらから齎らされた書状であった。前の年、この殿さまと一しょに蝦夷に渡った家中のものが、安否を気づかっている縁者や知己に初めての消息をつたえたのだ。殿の一行に托した書状が郷里の宛名のものに配られた。書かれた辛苦の状は、書いたものにとっては、踏み越えて行く凛々たる勇気であったが、受け取って読むものにあっては、それが、まるで、火に入る夏の虫のように憐れであった。