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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

「今し方、無理にやすんで頂いたところで――」

家のなかは活気が出て来た。女衆どもは、少し大げさに云えば、待機していた。それが、あわてて自分の任務につくのであった。暗い土間にはかまどの火がぼッと燃えあがった。

茶道具を運んで来た主婦はそれを傍において、改めてていねいに客を招じ入れた。挨拶をしながら犒うのであった。

「さぞお疲れのことでございましたでしょう」

「疲れました」と阿賀妻は云った。

にべもない返事であった。

炉がにぎやかに燃えていた。湯はあたたかそうに鉄瓶にたぎっていた。

あるじと客は、その赤い焔を間にして向いあった。

阿賀妻は湯気の舞いあがっている熱い茶を受けて、誰にともなく云った。

「矢立を拝借いたしたい」

あるじの目配ばせによって下男が硯箱を持って来た。

「恐縮――」と云って彼は懐紙を取りだした。

都築泰亮はその筆の動きを炉の向うから眺めていた。横にいた大沼喜三郎は、その義兄の表情を見るともなしに見ていた。

筆をおいたとき泰亮がたずねた。

「感懐ですかな」

阿賀妻はきょとんとした眼をあげた。心はここに無かったのであろう。そして仕方なしのように笑った。