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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
蝦夷の支配地請願がにらまれたのであった。生きるためには、そういう請願をしなければならない破目に彼らが追いこんでおいて、身の安全のためにそうした処置を敢えてした彼らの心が、阿賀妻をして異心を持たねばならぬものと断じた。これはむちゃくちゃな理屈だ。そのくせそれが何十日の間彼の自由をうばったのであった。そのうしろには知藩事の力があった。どういうものであろう――ある関係を承諾して了うと、あるところからは一つ一つが屈服する立場に廻るものなのだ。人間はそういうとき、ちょっと思いを鎮めたくなる。路傍の神仏に頭をさげたくなる。
「旦那さま、大吉でございますよ」と甚助はよろこんだ。おみくじをひいたという。凶と出たならば、彼はだまって握りつぶしたにちがいない。
「そうか、それはよかった、――」と、ふいに阿賀妻の声があかるくなった。
従僕にはそれが反射した。
「さア、急ぎましょう、いよいよお江戸でございます、いや、東京でございます」
人の往来も追々と目立つほどになった。
向島から川船に乗って大川を下った。両岸にはくろずんだ古い家々が音もなく立ちならんでいた。千年も前からその通りに屋並をつらねていたような静かさであった。