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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

「その芝居さ」

甚助はびっくりして阿賀妻のうしろにかくれた。

「何でございます?――」と、番頭も眼をぱちくりさせた。

「つまり、その芝居を見たいのじゃ、東京の思い出になるからのう――守田座とかはかかっておるのか」

「はア――そーウでございますか」番頭は節をつけて云った。

「甚助――」と阿賀妻は云った。絶えまなしに見知らぬ人間が往ったり来たりしている。

町のまンなかで、彼は急に独りになりたくなった。

「そちはこのあたり、築地のホテル館や新島原のにぎわいやなどをゆるゆる見物するがよい、拙者ひとりで一ッ走り行ってまいろう、今日のところは到着のことをお届けするだけじゃ」

従僕にはそれは命令であった。それでも思いきって「でも、たって――」と彼が云おうとしたときには、すでに阿賀妻は数間先をずんずん離れていた。甚助は粘土色の町筋をぼんやり見やっていた。

「あれは先日お取りはらいになりましたよ」と番頭が云った。

むろん甚助には何のことか解らなかった。

「ご心配なさるこたアありませんよ」と、また番頭は云った、「阿賀妻さまは東京ははじめてではございませんよ、門口に立っていないで――」