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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

むろん阿賀妻は見向きもしないし、歯牙にもかけていなかった。気もつかなかったのだ。彼はまた彼自身の問題に囚われていた。袂のなかに腕を組んで、ぼんやり、疲れたようにつっ立っていた。

夕風が落葉をころがしていた。

今のこの会見だけでは、まだ何とも云いきることは出来ない。しかし、堀と彼との間には、何かすーすーと風の抜ける隙間が出来たような気がする。サッポロ本庁で話したときとも、イシカリ役所で論じたときとも、何れとも全然ちがった何ものかが、彼を変えているのだ。あのときから時はいくばくも隔っていない。場所といえば、これが、彼の云う東京の傲慢さかも知れない。力車を利用するようなことがすでに距離をつくった第一歩なのだろう。

「いかが致しましょう、――」と、属官はまた時計を見た。

鈴木権中主典はもうあたりに見えなかった。守衛が、よほどうす暗くなったそのあたりを、影のように行ったり戻ったりしていた。

「お宿はどちらかな?」

「それが、神田の淡路町でしてねえ」

「ご迷惑でなければ、ぽつぽつお伴させていただきましょうか、――大主典はいつ頃ご出府になられました?」

「と、申しますと、それは只今の、あの、堀監事どののことですか?」