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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
錨をまく音がごぐんごぐんと響いて甲板が震えていた。機関が喚きだした。がらんがらんと大鐘が鳴った。船員たちのかけ声や、走りまわるざわめきが聞えた。人々はそっと自分の家族のそばにもどって来た。船は揺すぶれて動きだした。窓から射しこむ浪の反射は秋の雲のようにちらちらした。水の上の冷たい空気がどこからかすッと吹きこんだ。彼らは首をすくめた。その寒さを見送るようにした。
これからしばらくの間は、この船のなかで暮さねばならぬのだ。茫洋とした海の上に五六日を暮して、そして、そのトウベツとかいう地に辿り着くというのだ。しかし、まだはじめての旅のものには、それが実感として思い浮んで来なかった。遂に生れた土地を去るという――この何かはかなげな思いが胸を暗くするばかりである。女や子供にとってはすべてが虚ろであった。茫然と居すくんでいた。
船は青い浪を揺きわけて進んでいた。
旅馴れた二三のものだけが、目をつぶって、刻々に遠ざかっている陸地を考えていた。甲板に出て、それを、この眼でもう一度見て置きたいと思う誘惑が、それは、邦夷に最も強いのであった。しかも、最も頑なに抵抗しているのがその邦夷であった。