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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

しかし、川よりほかに逃げ場所を持たぬ水だ。ささえきれなくなって川は氾濫した。野のなかに春の出水が青く光った。

蕗の薹とつくしが水の下に沈んだ。トン魚がヨモギの根もとを泳いだ。

「ほーらほら」

玉目トキは猿のような顔をした嬰児に遙かイシカリ川の港町のあたりを見せようとした。ぐにゃぐにゃした嬰児はつぶった目をしかめただけであった。まぶしい春の陽が強すぎるのだろう。けれども若い母親は云いつづけた。独りこの丘に立って、歌っていた。

「さアさあそこに見えられる、そなたの祖父さまお祖母さま、お船に乗って、ようこそはるばる、そら見えた、まだ見えぬ、――おう、おう、そなたは目をつぶっているのか」

ちゅッと嬰児の頬ぺたをすすった。そして彼女は目をあげた。

彼女は叫んだ。

「あッ! 見えた、見えましたア――」と、うしろに向いて金切りごえをふり立てた。

砂丘のあちらに、待ちこがれた人々の姿が出没していた。

聚落はざわめき立った。彼らは走りだした。

――日を数えて三十一日目であった。こちらは、あまりの予定ちがいに気ぬけしていたほど日が経っていた。それでも遂にやって来た。

二度と帰らない郷里の距離は遠かった。