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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
勝ったものは、家禄を奉還して、代りに開拓地の俸給を貪っている。
しかし、立ちはだかった彼は待つ間もなかったのだ。「やア阿賀妻さんですか?」と出て来た男は、「どうぞ、どうぞ」と十年の知己のように気軽にさし招いでいた。
そこは板敷きになっていたので、彼は草鞋を脱ごうとした。相手は手でおさえた。
「そのまま、そのまま」
目をあげた阿賀妻と、彼を見おろしていたその役人は、ぱったり視線がぶっつかった。紺飛白に小倉袴のその男は、ちょっと羞むように早口に云った。
「拙者、ホリ・サカン」
どういう文字を宛てるのか判らないし、聞きかえすべきものでもなかったであろう。ただ阿賀妻は、彼の記憶には、そういう姓名はなかった。見覚えのある面貌でもなかった。
鼻をつく木の香がそこの廊下には満ちている。役人はゆっくり肩を並べて歩いた。先に立とうとしないのである。
「いかがでございましたか?――」と彼は丁重に訊ねた、「その、トウベツの土地は?」
「いや?――」
阿賀妻はそうさえぎった。それを語る前に聞いておきたいことがあった。それは、こういう親しげな応対に対する微かな警戒と、相手方の陣営に棹をさしてみることであった。