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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
政府に余力が無いならば、誰か――せめては民間の覇気あるものでも乗りこんで、この地の居民を糾合して防衛しなければなるまいもの。
その覇気あるものに自らを擬して出かけたのが、今この使庁の人気を高めている堀盛その人であるというのだ。鳥羽伏見の戦争は、直ぐにつづいて上野黒門の彰義隊、白河口、越後口、会津となって、奥羽越の諸藩が動き、そのなかのある部分を――阿賀妻らも自分の部署として受けもったわけである。それらの総決算が、翌年の五月に潰えた函館の戦争であった。その間新政府をよろこばないこれらの叛旗をひるがえした連中は、オロシャ人の侵略に悩まされているカラフトの同胞人を、こちらからもまた、苦しめていたことになる。戦乱のために航路はとだえ、そこへ持って来て長い凍結の冬がやって来たのである。糧道を絶たれ、ロ人の武器におびやかされ、われらの根拠地であったクシュンコタンにいたこの堀は、事重大と見て取るや、結氷をやぶって蝦夷地に渡った。急を本国政府に告げ、その不実を詰ろうがためであった。彼はソウヤから、天塩海岸を徒歩いてルモイにいたり、山を越えてイシカリ川の上流に出た。