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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

二人の子供が彼女の左右に取りすがった。

「お出かけか?」と阿賀妻はまた云った。主人の在不在をたずねていたのだ。今日の首尾を告げて喜ばしてやりたいと思い、深くも考えず通りがかりに呼びかけたのであった。しかし、その女房には気軽に返事も出来ないらしい――闇のなかに在る声の主を見据えていた。

「阿賀妻じゃが――」と彼は名乗った。

「あああなたはご家老さまでしたか」

そう云って彼女は子供をつき退けた。ぴたりと正座して、その窓に対って低頭した。子供も母親に見ならうのだ。親たちの気持を素直に反射して、そこに手をついて眼を俯せた。焚火のあかりを半顔に受け、莚敷きのゆかの上でなされるこの慇懃な挨拶は、阿賀妻の眼を湿ましていた。子供をひき連れた母親であったから尚いけなかった。

「いや、お騒がせして相済まぬ」

「はい」と彼女は答えた、「――夕刻から、お館さまにまいっておりました」

「すまぬ、すまぬ――」と繰りかえして彼はそこを足ばやに離れた。

これほど生活は一変していても、日々の儀礼や感じ方には些さかの変化も見えなかった。人もそれに不審を抱かず、各自もそれを当然としているのであろう。