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さこく
鎖国
和辻 哲郎
日本の悲劇
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 页
倭寇を防ぎ得なかった高麗王朝はやがて崩壊し、倭寇防禦に功のあった李成桂が、李王朝を創始するに至るのである。
倭寇は元王朝の崩壊する以前に山東半島に現われているが、盛んにシナ沿岸を荒らすようになったのは明王朝が起った後、一三六九年からである。その以後は揚子江の河口、杭州湾あたりから、南シナの沿岸に亘り、連年掠奪を行った。「倭寇の到る処、人民一空す」とか、「其の来るや奔狼の如く、其の去るや驚鳥の如し、来るも或は知るなく、去るも捕ふるに易からず」などといわれたのは、その頃のことである。新興の明王朝もその防衛のためには相当に苦心せざるを得なかった。しかし倭寇が、遠く広東省あたりまでも出かけて、掠奪したものは、依然として米と農民とであった。その侵略は颱風のように過ぎ去るだけで、ヨーロッパにおけるノルマン人のように、その土地に喰い入りそこに根をおろすものではなかった。
倭寇のこの特徴は、倭寇の歴史的意義を決定するものであろう。彼らもノルマン人に劣らず冒険的であり慓悍であったが、しかしいつまでも「あぶれ者」であって、政治的な意義を獲得するに至らなかった。それに反してノルマン人は、冒険的進出が盛んになるに従い、本国の政治的組織と結びついて、国家的な行動としての侵略を行うに至ったのである。