轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
さこく
鎖国
和辻 哲郎
日本の悲劇
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 页
信長が大軍を率いて京都に来たのは、それよりも一カ月ほど後のことであるが、その当時京都では、信長の上京は、到底不可能であろうと信ぜられていた。東からの信玄の圧迫、北からの浅井朝倉の攻撃が、信長を危地に陥れているからである。京都の義昭は、摂津の三好党や本願寺の勢力を味方として、今や確乎たる地歩を占めているかのように見えた。
この頃に、フロイスの前に大きく現われて来たキリシタン武士は、丹波の八木の城主内藤ジョアンであった。ジョアンは前年京都でカブラルに会った時には、「憐れむべき窮乏の状態」にあったといわれるが、僅か一年後のこの時には、二千の兵を率い、十字架の旗印を掲げ、兜にゼズスの金文字を輝やかせながら、将軍義昭の味方に馳せ参じて来たのである。義昭は非常に喜んでこれを迎えた。ジョアンはその日の午後、キリシタンの兵士たちをつれて会堂にフロイスを訪ね、告解のための準備を熱心にはじめた。その熱心、謙遜、従順な態度は、フロイスに非常によい印象を与えた。このジョアンがこの時以来会堂や信者に手厚い保護を加えたのである。その後彼は、高山右近などと共に、最後までキリシタン武士としての操守を貫いた。