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さこく
鎖国
和辻 哲郎
日本の悲劇
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 页
一五七六年の夏、毛利氏の送った兵粮船が数百艘大坂へ近づいたとき、信長方の軍船はそれを迎撃したが、毛利方の「ほうろく火矢」で散々な目に逢った。兵粮船隊は悠々大坂に入港し、兵粮を大坂城へ入れて、悠々として帰って行った。淡路の岩屋城は毛利の海軍の根拠地であった。多分この形勢に刺戟されたのであろう、信長は志摩の国鳥羽の城主九鬼嘉隆に命じて、大きい軍艦を造らせた。嘉隆は六隻、滝川一益が一隻造ったが、それらは鉄張りの船で、長さ十二三間、幅七間であった。一五七八年夏には九鬼嘉隆がこの七隻の艦隊を率いて伊勢湾から大坂湾へやって来た。乗員は五千人であったという。途中雑賀などの一揆が数百艘の兵船で襲撃して来たが、九鬼の艦隊はそれを近くへひきつけ、やにわに「ほうろく火矢」即ち大砲を放って撃破したのである。その時敵船三十余艘を捕獲したらしい。艦隊は盂蘭盆の日に堺に着き、翌日大坂港の封鎖を開始した。この鮮やかな成績に気をよくした信長は、二カ月ほど後に、わざわざ艦隊を見るために大坂にやって来て、住吉の沖で演習をやらせたりなどした。
この艦隊が堺に着いた時には、丁度オルガンチノが居合わせて、その報告を書いている。