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さこく
鎖国
和辻 哲郎
日本の悲劇
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 页
この宗論の行われたのは一五七九年六月二十一日(天正七年五月二十七日)であるが、その月の終らぬ内にオルガンチノはフロイスに宛ててこの事件を詳細に報じている。従ってこの書簡は安土宗論に関する現存の最も古い記録と云ってよい。その内容は信長記を通じて普通に知られていることとほぼ一致している。問答の箇条書までもそうである。
事の起りは、坂東の浄土宗の僧が安土で数日間説教をやっていた席へ、安土の町の一人の法華宗徒が行って、説教の途中で質問を始めたことであった。説教師はそれに対して、俗人と法論しても結着はつかない、誰か法華宗の学僧を連れて来れば答弁しよう、と答えた。法華宗徒はこの答を憤り、自分の質問に答え得ないのならばその座を下りるがよい、と云って、説教師を高座からひき下ろし、衆人の前で侮辱を加えた。浄土宗徒はこの乱暴を信長に訴えた。そこでこの喧嘩が両宗派の間の公の争いとなったのである。法華宗徒は両宗の間の討論を要求し、浄土宗徒もそれを拒みはしなかったが、信長は遠方から学者を集めることの困難を理由としてそれを止めさせようとした。しかし法華宗徒は強硬に討論を主張し、学僧は遠方から呼ぶ必要なく、京都の人だちで沢山であると云った。