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さこく

鎖国

和辻 哲郎

日本の悲劇

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 页

青空文庫

ワリニャーニはその頃に日本を去ったらしいが、セルケイラはこのワリニャーニの忍耐強い宥和政策を受けついだのであった。

一六〇六年にセルケイラは伏見に来て家康に謁した。ポルトガルの使節という資格であるから、旅行は公式であったし、謁見式も公式であった。しかし実質的にはセルケイラは、司教の正装で家康に会い、司教として信者たちに接した。また近侍の本多正純や京都所司代の板倉勝重には、布教の自由についていろいろと懇請したらしい。翌年にも管区長パエスを駿府に送って同じように運動を続けている。パエスは江戸にも行って将軍秀忠に謁した。本多正信正純父子が親切に世話をした。布教の公認についても何となく希望があるように見えていた。

このセルケイラの方針をいつも脅かしていたのはスペインの宣教師たちであったが、しかしそのほかにもう一つ手ごわい敵が現われて来たことを見のがしてはならない。それは新教国民たるオランダ人とイギリス人とである。

ヨーロッパを真二つに分裂させた宗教改革は、十七世紀の初めにはますます深刻な影響を現わしていた。信仰の自由を守るために北アメリカに移って行くピューリタンたちがもうそろそろ動き出しそうになっていた頃である。