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やぎゅうつきかげしょう

柳生月影抄 名作短編集(二)

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《柳生月影抄 名作短編集(二)(やぎゅうつきかげしょう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 173,309 字 · 352 頁

青空文庫

そして、濃茶の茶碗が、太閤から、順に呑み廻しに移ってくるうちに、刑部は、その茶を一唇ふくみながら、たいへんな粗相をしてしまった。――と云うのは、すでに、病があって、鼻腔が弛鈍になっていたせいであろう。茶の中へ一滴の水洟をこぼしたのである。

はっ……と刑部は自分の顔いろの変り方が自分の眼に見えた気がした。

――と、次の席にいた三成が、

(いただきましょう)

と、云う。

刑部は、うろたえた。

他の人々の静かな眼も複雑にうごいた。

(いや……これは)

と、云わざるを得なかった。

すると三成は、にこと笑って、

(私で止めまする)

三成の指に、力を感じたので、刑部は胸を躍らせながら離した。三成は、何の事もないように、飲みほして、作法のように、茶碗をおさめた。

――それからである。刑部が、三成の冷たく見える性格の中には、誰も知らない熱い熱いものが、灰をかぶっている事を知ったのは。

そして、この友の為には――とひそかに思い、すすんで刎頸の交わりを求めて行った。三成はまた、自己に、衆望の足りないことを知っていたので、刑部の世話といえば、誰よりも、彼が先にして来たのである。