일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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がくせいものがたり

楽聖物語

野村 あらえびす

野村 あらえびす의 楽聖物語(がくせいものがたり)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 193,667자 · 381화면

아오조라 문고

さと、その前に拝跪したいような敬意を感じたものである。

一片の肖像画ばかりではない。音楽に対する私の嗜好も、いつでもバッハに始まって、バッハに還っていく。私の座右に置くレコードは時にシューベルトになり、時にブラームスになり、時にヘンデルになるが、恒久不変の感激で、私の生活を和めてくれ、不断の慰藉を投げかけてくれるのは、一応小むずかしき外貌を持つ、バッハの理知的な音楽だったのである。

「バッハは西洋音楽の祖師である」と言ったならば、一応大袈裟に響くかも知れない。しかしこの言葉は決して私の発明ではなく、十九世紀の音詩人にして大評論家なる、ロバート・シューマンの言葉の意訳である。シューマンはこう言う、「宗教が祖師に負う所あるが如く、音楽はその大半をバッハに負う」と。だが、これでもまだバッハを褒め尽したとは言い難い。パウル・モルゾックはさらに一歩を進めて、「バッハは音楽の旧約聖書である。彼の作品は、その後継者が充たすところの約束である――」と言っている。

十九世紀の名指揮者ハンス・フォン・ビューローは、バッハの四十八の前奏曲と遁走曲に対して、「世界のあらゆる音楽が亡びてもこの四十八さえあれば、容易に今我らの持つところの音楽を再現することが出来る」