일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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したやそうわ

下谷叢話

永井 荷風

永井 荷風의 下谷叢話(したやそうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 122,971자 · 246화면

아오조라 문고

第二十七

時に年二十五であった。

第二十七

安政五年戊午七月十一日(アルイハ十五日)、鷲津毅堂の妻佐藤氏みつが時疫の暴瀉に罹って没した。谷中三崎の天竜院に葬り法諡を恭堂貞粛大姉となされた。わたくしは天竜院に赴き墓石と過去帳とを検したが忌辰を記するのみで年齢を知ることができなかった。毅堂が「悼亡」の絶句七首の一に「何由幼稚記風※(「蚌のつくり」、第3水準1-14-6)。傷逝憐孤感不窮。他日奉衣如見母。余香留在一箱中。」〔何ニ由リテカ幼稚風※(「蚌のつくり」、第3水準1-14-6)ヲ記ス/逝クヲ傷ミ孤ヲ憐ミ感窮マラズ/他日衣ヲ奉ジテ母ニ見ユルガ如シ/余香留マリテ在リ一箱ノ中〕男文豹は四歳にして慈母を喪ったのである。わたくしは他の一首によって毅堂の弟光恭がこれより先既に江戸にあって、而してまたこの年帰省したことを知った。絶句の転結に「一年兼作死生別。昨送阿恭今送君。」〔一年兼ネテ作ス死生ノ別/昨阿恭ヲ送リテ今君ヲ送ル〕

鷲津光恭、通称五郎、字は子礼、蓉裳と号す。天保四年八月一日に生れたので、安政五年には二十六歳である。蓉裳は江戸にあって昌平黌に入り、また藤森弘庵の塾に学んだのである。