일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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したやそうわ

下谷叢話

永井 荷風

永井 荷風의 下谷叢話(したやそうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 122,971자 · 246화면

아오조라 문고

アヽ余ノ翁ニオケルヤ文字ノ交ニ非ラズ。慷慨ノ意気相投ズル者。」としてある。星巌の江戸を去ったのは弘化二年の夏の末である。そして毅堂がその母に別れて東行の途についた時雪が降っていたという事を思合せると、それは冬でなければならない。毅堂は弘化二年の冬も残り少くなった頃、江戸に到着するや直に昌平黌の寄宿寮に入り、翌年正月火災に遭ったわけである。

これより先毅堂は天保十三年十一月二十八日にその父益斎を喪ったことはこの書の第十一回に述べて置いた。毅堂はそれより三年の後弘化元年某月、その齢二十歳の時、先考の遺命を奉じて伊勢安濃津に赴き、藤堂家の賓師猪飼敬所について主として三礼の講義を聴いていたのである。毅堂の碑文に、「年二十。考既ニ亡シ。マサニ遺命ヲ奉ジテ遊学セントスルヤ、妣コレヲ戒メテ曰クワガ門中ゴロ※ル。汝当ニ勉学シテ再興スベシ。然ラザレバワレ汝ヲ子視セジト。因ツテ手ヅカラ紅白ノ帛ヲ剪リ、コレヲ襟ニ結ビ以テ遺忘ニ備フ。君泣イテコレヲ拝シ、伊勢ニ赴キ敬所猪飼氏ニ従ツテ学ブ。既ニシテ江戸ニ遊ビ昌平黌ニ入ル。」としてある。碑文は中洲三島毅の撰したものである。

猪飼敬所は当時博学洽識を以て東西の学者から畏敬せられていた老儒である。