후리가나로 읽는 일본 고전
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ずいひつ みやもとむさし
随筆 宮本武蔵
吉川 英治
吉川 英治의 随筆 宮本武蔵(ずいひつ みやもとむさし)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 141,786자 · 278화면
だから憲法という名はそんな意味で、当時では少しもおかしくない名であったに違いない。
この憲法が、武蔵の父無二斎と、義昭将軍の前で試合をしたという事蹟は、前に否定したが、清十郎、伝七郎などと、武蔵が対立した頃は、もう子と孫の代であるし、それぞれ皆、相当な年齢に考えられるから、すでにその折の慶長九年には、吉岡憲法はこの世にいなかったことは確かだ。ところが、それからでさえ十年も後の慶長十九年六月に、禁裏にお能があって一般の者に南苑で拝観をゆるされた節、吉岡憲法が禁庭で暴れたという話が、本朝武芸小伝とか、古老茶話とか、諸書に載っているので、ちょっと煙に巻かれる。
その話を掻いつまんでいうと、当日、お能見物の民衆の中に、吉岡憲法なる者も交じっていて無作法を見咎め、雑色が来て、
「あたまが高い」
と金棒で叩いた。憲法怒って、いちど禁門を出、着物の下に刀をかくして出直し、先の雑色を斬り伏せ、なおかかる者を打ち伏せ打ち伏せ、舞台まで血汐によごして狂い斬りに死んだという。
常山紀談などによると、所司代板倉勝重が、薙刀を持って出たり、撃剣叢談では勝重の家来太田忠兵衛が働いたり、いろんなことになっているが、話の脚色はともかくとして、いったいこれがあった事件か。