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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
すると、大岡様は、八寺の坊主へ差紙をつけて、白洲へならべ、朝から夕方まで、調べもせずに待たせたままにしておいた」
「ヘエ。気の長いものだね」
「まあ、聞けよ。坊主たちは、退屈はする、腹はへる。交る交る厠へは立つ。――すると、訴人便所の壁に、下谷の魚屋の帳面づらが、何寺へは、何月何日に、いくらいくら貸売と、明細に勘定書が貼ってある。坊主どもは、おどろいて、ヒソヒソ談合していると、やがて日も暮れ頃に、御用人が出て来て、越前守様には、腹痛のため、ついに今日は、御出座がなり難い。明日は早朝よりお調べがあろう故、まず今日のところは、引き取ってよろしいという。坊主どもは、やれやれと立ち帰ったが、毎日こんな目にあわされては堪らぬとばかり、翌日、各寺とも揃って、魚屋の借金を返したということだ」
「なるほど、悠長なお白洲で、江戸の悪党には、ありがたいお奉行様にちげえねえや」
由は嘲って、立小便にでもゆくつもりか、番屋の横へ曲がりかけた。
すると、うしろの庄七が、突然、異様なうめきを発して、前へ屈んだ。――オヤ? と吃驚した由は、駈け戻って、六尺棒を投げた手に、庄七のからだを抱き起した。