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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

町医の楽翁

「もう、もう、遁しはせん。御用じゃ。御用じゃぞ、お燕」

と、必死の息をはずませた。けれど、妙なことには、その声も、捕手らしくない低声だし、組みついている体力にも、どこか脆いところがあった。

それに反して、いざとなると、お燕はただの処女ではない。生れながら悪と野性の中に育てられた敏捷と不敵をもっている。

「ちいッ、おまえたちに捕まって、たまるものか」

凄艶な死力の手は、脆いあいての捕方を、振りほどいた。また組みつくのを、突きとばした。けれど、仆れ、仆れ、何度仆されても、黒い人間は、かの女の裾か、袂か、帯か、どこかをつかんでいて、離さなかった。

町医の楽翁

「あッ。おっ母さん――っ」

やはり処女は処女。かの女はついに、叫んでしまった。何かに、つまずいて仆れた途端に。

だが、その声は、思わず敵をよんでしまった。ざざざッと、すぐ馳けよって来た者を見ると、これは明らかな奉行所与力だ。手に「南」の提灯をかざしている。

「やっ。あなたは?」

「おッ。おまえか。早く、手伝え」

お燕を、上から抑えつけて、持て余していた黒ふく面の老人は、喘ぎ喘ぎ急きたてた。

市川義平太は、すぐお燕を搦めてしまった。