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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
病魂善性
地つづきの同じ床下ではあるが、よく見ると、左右太のいる所は、太い木材を横に廻し、桝形に区切られていて、内から出ることも、外から近づくことも、出来ないようになっていた。
――ギイ、ギイ、ギイ……と、ゆるい低い、異様な音がすぐし初めた。
辰の手もとで、鋸の歯がうごめいている。
床上の室内で、何か、わずかな物音がしても、辰はすぐ鋸の手を止めた。――耳をすまし、眼をくばり――そしてまた、忍びやかに、ギイ、ギイ、と挽き初めた。
病魂善性
十数軒もある寺侍の屋敷町のうちの一軒だが、その一軒も、なかなか広い。
すべてが、寛永寺の輪王寺宮に附属し、宮家をかさに、特権をもっている。
日が暮れると、あっちの門には、密会の男女がかくれ、こっちの門には、博徒や悪旗本が、公然と入って行く。
中には、隠し売女をおき、板前をもち、あやしげな小唄や、三味の水調子が、植えこみの奥から洩れてくるのもある。
だから、輪王寺の寺侍の株は、ふつうの御家人株の売買よりも、はるかに高値い。また、滅多に、売り物は出ない。
化物刑部と、その一類の者は、もうここに住んでから、久しい年月になるが、株に資本を出しておいたお蔭はあって、きょうまで、この悪の古巣に、不安を覚えたことはなかった。