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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
「南」の風
上野ばかりでなく、僧院に、男か女かわからない者が出入りするのは、時風の当然で、ふしぎはない。
ここは、しいんと、冷やッこい。うす暗い中庭を抱いたどの部屋も、剥落した金泥絵の襖だの、墨絵の古びたのばかりである。奥の方で、喘息もちらしい咳の声がして、
「お袖。もどったのか」
と、その痰持ちが、痰の間にいった。
「南」の風
お袖は、部屋をのぞいたが、坐りもしなかった。
「帰りましたよ」
「どうだった、首尾はうまく行ったか」
むくりと、蒲団の上に起きたのは、すでに六十ぢかい怪異な大男。持病にくるしむとみえて、白髪まじりの髪を蓬々と月代にのばしているが、眼光はむかしのままな化物刑部だ。
「お袖。まあ、坐ったらいいじゃねえか。そして、山善じゃあ、どのくらいな金が攫えたな」
「七百両ほどだとさ」
「それッぱかりか。前々から、おれの授けた智恵をもって、あれだけの頭数が押込みに出かけ、それで千両と持って来られねえたあ、どいつも、腕の細い奴らだ」
「何さ、御苦労ともいわないで……。病人のくせに、能書ばかりいっている」
「いや、おめえには、御苦労だったが、おれが達者で出かければ、千両箱の二つは欠かすこッちゃあねえ。