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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
溜飲
日常、牛馬をつかう稼業の者からは、特に多くの違犯者があげられた。牛馬に鞭を振ったとか、病馬を捨てたとかいうだけの理由で、死罪、遠島になった者も少なくない。
幕府の主旨は、すべて人民は、将軍家のみならず畜生にも仕え、もし畜生の病み傷つくときには、人間の子に喰わせる糧はなくとも、女房に着せる衣はとぼしくとも、質をおいてでも、犬医者をむかえ、薬療手当をしてやらなければ、掟に問われ、厳科に処せられるぞ――といわぬばかりである。
――犬になりたい。犬がうらやましい。
疾苦の民は、心からいった。
死罪、遠島、重追放などの、家を失った数々の人間の子は、必然、浮浪者のなかまに入り、また、良家の子弟ではあっても、世のばからしさ、あほらしさから、犬になりたい仲間も殖え、両々相俟って、糜爛した時粧風俗とともに、天下不良化の観をつくった。
深夜。中野の原のお犬小屋をうかがい、揚団子を撒いて、木の上に夜を明かしていた大亀や阿能十なども、いずれは、こうした時代の子にはちがいない。
溜飲
お犬小屋は、大久保、四谷、その他、府外数ヵ所にあったが、中野が最も規模が大きかった。
犬は仔を産むし、多産だし、しかも十数年来、太鼓の製皮も禁ぜられてきた程なので、その繁殖率は、たいへんなものになっている。