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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
江戸の蝙蝠
すると、それで知ったか、すぐ翌る日、お袖もここへ尋ねて来た。
「お袖、こんな句があったじゃねえか。――お手討の夫婦なりしを衣更え。……どうだ、いっそこのまま、夫婦になろうか」
「ふ、ふ、ふ……」お袖は、紅皿を持ちながら、唇を反らして、鏡の中で笑っていた。
「なにを笑うんだ」
不伝は、浴衣がけの体を、寝そべらして、頬づきながら、女の化粧をながめていた。
「だって。お燕がいれば、お燕を口説くし、あれがいなくなると、私だなんて。あほらしくって」
「いや、真面目にさ。こう見ていると、どうして、其女もなかなか捨て難い」
「やめておくれ。こう見えても、お燕をあの年まで育てて来たきょうの日まで、男に目をくれたことはない私なんだから」
「へえ……」と、嘲い返して、
「化物刑部は、おめえの、旦那だったのとは、ちがうか」
「男のはなしをしてるんでしょ。あんな獣を、私あ、男とも何とも思って来たわけじゃないもの」
「じゃあ。その前の、大岡市十郎ってなあ、どうなんだい」
「うるさいね」
「うるさかねえさ。男ぎらいだなんていうからつい訊きたくなるんだ」
「知らないよ!」
お袖の眉が、鏡の中で、ぴくとうごいた。