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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

印籠秘封

また。

ここの自身番から一町半ほど先の路傍に、たれが脱ぎ捨てた物か、極めて薄布地を用いた黒衣の小袖に、黒頭巾、黒の膝行袴などが、ひとまとめにして、捨ててあった。

印籠秘封

上げ汐時だ。海口の方から市街の河すじへさして、夜明け雲の下を、無数の芥を浮かべて汐臭い流れが、ひたひたと土手や石垣へ満ち初めていた。

堀留川を下って、楓河岸、箱崎河岸と、河岸づたいに、二つの影が一つのように、まだ川面の靄も暁闇も深い道を、ひた走りに馳けてくる。

「おうっ。お燕ちゃんじゃねえか。ここだよ、ここだよ――」

無数の苫舟が繋っている岸辺から、やや大川筋へ下がった所に、また一艘の小舟が、苫をかけて、泊まっていた。

手をあげて、苫の蔭から、こう陸へ向って呼んでいる顔を見つけると、

「ああ、よかった。おっ母さん、阿能たちは、あそこにいたよ」

と、ゆうべの姉崎吉弥は、江戸橋詰の木戸を破って救い出して来た黒衣の女と一緒に、苫舟の方へ、ニコと頷いてみせた。

苫の蔭から出て来た男は、すぐ舟に立って、棹を突いた。

小舟はゆるやかに寄って来る……。

その間に、陸の女は、黒衣や頭巾や膝行袴などの化身の皮は、吉弥も手伝って、ぬぎ捨てていた。