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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
脱ぎすてると、彼女は、ただの堅々しい御寮人さまか、武家の奥さんという風の女としか見えない。
髪は、あっさりと結い、あられ小紋の着もの。
舟が寄って来るひまに、彼女は、きりりと、帯を直し、髪のほつれをなであげて、男まさりの――というよりは、何か、烈しい風雪と闘っている花のような、きかない眼と唇もとに、春の夜明けを、油断もなく、見まわしていた。
ああ、十数年の歳月は、あの夕顔の花のように弱々しくて、初心で、若い母でもあった水茶屋のお袖をして――こんなにも変らせていた。
そのお袖を、おっ母さんと呼ぶからには、自身番の庄七に、万字屋の色子、姉崎吉弥だといっていた若衆も、蔭間ではなく――お袖の実のむすめ、お燕であるにまちがいない。
数うれば、ちょうど、あの頃、母の乳ぶさによく泣いてばかりいた乳呑み児のお燕も、十六、七の娘ざかりとなっているはずである。
「どうしたい、お燕ちゃん。とても、おめえのおふくろが、心配しちまッてよ。――おかげで、おれ達も、仕事は上首尾に行ったものの、あと白浪と、逃げるに逃げられず、とんだ目に遭ッちまったぜ。……さ、乗んな。跳べるかい、そこから」