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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

うッすら、東の方が、明るくなりかけて来たぜ」

「明けたか。おれはとろりと、寝ていたらしい」

「いい度胸だの。……あっ、おい。出て来た、出て来た」

「えっ、何が」

「何がって、犬の群れがよ」

「おお……。ふふん、来る来る」

樹上のふたりは、一望に見える囲い内へ、そこから眼をこらしていた。

十六万坪の原には、数多い犬舎も、点々と、朝霧の海の小舟みたいでしかない。

――と、官舎から出て来た膝行袴ばきの犬役人や犬仲間が、諸所の犬舎を開け放った。驚くべき犬の大群は、朝の運動に堰を切ッて流れ出し、やがて戯れ狂いながら、朝霧の土を嗅ぎまわりつつ散らかった。

「あっ、食った。大亀、見ろ、見ろ」

「叱ッ」

「あ。ほんとだ。食ってる。食ってる」

「阿能、静かにしろよ。あんまり伸びあがると、おめえの松の木がゆさゆさ揺れて、遠くからでも気どられるぞ」

かれらが夜のうちに撒いた揚団子は、あっちでもこっちでも、犬どもの嗅覚に争われ、むさぼり合う闘争の吠え声がつんざいた。

そのうちに、けんッ! と異様な啼き声とともに、二、三頭がくるくると狂い廻って、あらぬ方角へ、矢のようにすッ飛んで行ったかと思うと、バタ、バタとつづいて仆れた。