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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

女の裁き

ねばならないかを。――そしてこのむくいを、男におもい知らさねばと、呪咀に燃えつつ誓っているのであった。

女の裁き

化物刑部の土蔵二階で泣き暮らさなければならなくなってから後。あの元禄十六年十一月の大震災にあい、以後の十三年のあいだも、かの女は一日とて、自分の運命を、自分で歩いて来たものと思ったことはなかった。境遇は、幾変転しても、初恋の大岡市十郎をうらみに思う心に変りは来なかった。

わけて、お燕が、ふと「父」ということばでも洩らそうものなら、かの女の、呪咀の埋み火は、すぐ炎になって、全身を焦いた。

久しいあいだ、かの女の愛は、お燕ひとりに、かけられて来た。お燕が生れていたばかりに、かの女は、人間の中に愛というものがあるのを知っていた。母娘喧嘩も、「父」のこと以外ではした例はない。どんな仲間の悪党たちでも、お袖がお燕を愛する深さとやさしさには、見る者をして、

「ああ、おれにも、母親があったっけ」

と、思わず、嘆じさせるほどだった。

それなのに、お燕が、ともすると、母以外なる「父」を求める気をひそかに抱くので、かの女は、いよいよその父の憎さを年と共に強めるばかりだった。