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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

若すぎる母

「やっ。やっ?」

犬同心も、何か、絶叫し出した。

「阿能っ。――逃げろ」

「ええっ、畜生。胸がすうとした。――大亀、逃げッこだぞ」

ふたりは、猿のように、辷り下りた。

もうことばを交わしてなどいる暇はない。どこをどう駈けたかもわからない。

大亀は、練馬へ出てしまっていた。板橋街道から本郷森川口の方へ向ってくる所で、初めて阿能は? ――と見まわしたが、どこでわかれてしまったか、かれの姿は前にも後にも見えなかった。

若すぎる母

久しい殺生禁断で、河岸すじの稼業はあがったりである。魚鳥の禁令は、犬ほどではないが、川魚までが、美味なのはたいがい禁制項目に入っている。漁師、漁具屋、釣舟屋など、みな商売にならない。

が、裏には裏があり、闇舟屋も闇漁師もいるらしい。屋敷すじへもそっと入るし、料亭はみな精進を看板にしているが、すずき、鯛、ひらめなどの鮮魚を欠かせる家はない。

で、京橋尻の河岸ぞいなどは、一時はさびれ果てたものだが、近頃では、また、たそがれれば裏の川面へ、かぼそい灯のもる家もぼつぼつふえていた。

「久助さんてば、嘘ばかりおいいだね。ふたりとも、影も形も見せやしないじゃないか」