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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

「……むりもねえ。そうだろうなあ」

と、口のうちで呟いた。

「十七で、あの子を産んで、あの子がいま三ツ、お袖さんは、まだ十九歳。――かわいそうだなあ、母親になるのは、若すぎらあ」

膝の蚊を、ぴしゃっと叩いて、かれはまた、やかましい禁令のことを思った。もしや、ゆうべの二人は、やり損なって、捕まったのではないかとおもい、じっとしていられなくなった。

「オヤ、久助さん、どこへ出て行くのさ」

「ちょっと、見て来ようと思って」

「行水が空いたよ。ざっと、ひと浴びはいらない?」

「それどころじゃねえ」

久助が出て行ったので、彼女は夕化粧をし、お燕の額にも、天花粉をたたいてやっていた。

そのとき、門口で、コツコツと、杖の音がした。

「あ。お父さん、お帰んなさい」

「帰ったよ。暑かったのう、きょうも」

導引の梅賀は、頭巾をとって、お袖にわたした。六十にはとどくまいが、年のわりに、頑健な骨ぐみをしている。とくい先から帰って来たつかれも見せず、すぐ行水の盥に身を浸け、ああ極楽――と、ひとりごとを洩らしていた。

「お袖さん。ちょっと、もういちど耳を」

小声だが、あわただしげに、外から戻って来た味噌久が、土間の暗がりに、身をすくめてさし招いていた。