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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
吠える牢屋
「オ、左右太か。はいれ、心待ちにしておったところだ」
一時、表面の解職をうけて、舟源の二階に浪居していた三与力のひとり山本左右太は、御隠殿下の手入れに功があった者として、ふたたび、現職の復帰ではないが、奉行所出入りをゆるされ――町方勤めとして、折々、ここへ顔を見せていた。
吠える牢屋
かれの姿を見ると、義平太も勘蔵も、
「やあ、左右太か。ひどい汗ではないか。まっくろな顔をして」
と、机から顔をあげて、共々、いたわるような眼をむけた。
左右太は、手拭で、ひたいを拭いながら、
「いや、もう往来を歩くと、陽が暑い。――苗売り、すだれ売りの声をきくにつれ、月日のはやさに、鞭打たれる」
と、ふところから、手控えを取出して、越前守のまえに、膝をあらためた。
「まことに、日かずを費やしましたが、お袖の幼少から生い立ち、水茶屋時代のこと、ようやく、調べ上がりました」
「そうか」と、越前守は、お袖の名にも、無表情のまま――「勘蔵。それに、お袖に関する書類が一綴あるな。その中へ、いま左右太の述べることを、明細に、書き入れてくれい」
「かしこまりました」
と、勘蔵は、筆をとる。これも、冷然たる書記の態度だ。