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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
「これにおる御子息の……」と、いいかけたのを、慌てて、勘蔵は、いい直した。
「――これにおる同僚が、先夜、上野の寛永寺の森で、たしかに、其許がお燕を駕籠へのせて逃がしたのを見とどけておるし……。またそのお燕を、以後、当家の隣へ匿いおることも、南町奉行所の捜査により、のこらず分っていることです」
「ははあ、あの夜の、若い可憐な娘が、お燕というのでおざるか。たれかは知らぬが、寛永寺の帰途、救いをさけぶ女があったので、不愍と、助けて、連れもどっては来たが……」
「よく、仰っしゃった。その女が、お尋ね中の、大事な犯人のひとりでござる。お引渡しも、面倒でおざろう。二人して、隣家へまいり、召捕って帰りますから、御承知ねがいたい。さすれば、自然、老台には、奉行所まで御足労を煩わさずとも相済みましょう」
「あ、もし。起って、どこへ行かれるのじゃ」
「いま、申した者を、縄打ちに」
「それや、ムダじゃ」
「どうして」
「あの女子は、投身いたした」
「えっ、投身したとは」
「裏の井戸へ」
「あっ……井戸へ……」
起ち上がった二人は、楽翁の意中が、あまりにも、鏡を見るように読めたので、突然、こみ上げて来る涙を抑止する理性のいとまなく、ありのまま、泣いてしまった。