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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
「では、念のため、別院の内を、調べさせていただくが」
「どうぞ。よろしきように」
藪八は、そこを去って、別院内の不伝の部屋へ案内を乞うた。
もちろん、不伝は留守。和書の本棚や、机や経巻などが、冷々と、備えてあるほか、ふつうの住僧の部屋とかわりはない。
「はて。彼の帰るまで、ここで待つといたそうか」
わざと、独り語をいって、藪八は一応そこに坐りこんだ。
将軍家の隠し目付がここに臨んだという囁きは、たちまち、全院の僧侶や寺侍につたわって、蔽いきれぬ動揺をよび起していた。
僧侶の秘事や、寺侍たちの悪風は、市中に露呈しているもの以上である。ここもまた、決して、それらの腐敗寺院の例外ではない。いや、寺社奉行も町方も足ぶみ出来ない一種の絶対権のある所だけに、実は、想像以上なものかも知れないのだ。
廊下の隅、大台所、講堂などの、あちこちに首を寄せて、恟々と、何か、声ひそませて協議していた役僧の寺侍たちは、やがてその中から一名の代表を出して、畏る畏る藪八の前へ、やって来た。
狂蝶譜
「何か、御詮議でございましょうか」
と、代表がいう。
「さればで――」と、藪八は、思うつぼへ来た者の顔を、ニヤリと見ながらいった。