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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

酒、小皿物など、四、五品ならべると、

「御用があったら、お手をならして下さいませ」

と、気をきかすような口吻をのこして姿を引っこめた。采女を、蔭間茶屋の色子と見たにちがいない。

その蔭間茶屋は、池の端にたくさんあって、俗称には、いろは茶屋とも呼ばれている。客の多くは、上野の坊さん達だった。そして寺侍の株持もあり、夜となれば、紅燈にわく絃歌猥笑が、池の水を、あくどく彩った。

(いるか、いないか。不伝とお袖のそれを、確かめてからの上としよう)

藪八は、そう計っているもののように、おっとりと、杯をもち、時折、采女と、さりげない話をしていた。

――すると、池に臨んだ並びの二間ほど隔てた先の部屋で、

「何だッて。わたしの名をいっても、ここの女主人は、そんな者は知らないッていうのかえ。――そして、お勘定をだッて。じょうだんおいいでない。お金がないから、わざわざ此家のうちへ飲みに来たんじゃないか。それどころか、むかし馴じみのお袖さんに会って、拾両ほど、時借して帰りたいのさ。……もう一ぺんそういっておくれ。遠い以前だが、番町でちょいちょいお目にかかったお島でございますがとね」