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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
女の声だが、声でも分るほど、酔っている。
さっき、藪八がここへ通った時、つまらなそうに、独りぼッちで、池を見ながら手酌で飲んでいた四十がらみの女がちらと見えた。境のふすまを、女中がすぐ閉めたので、よくも見えなかったが、その年増女にちがいない。
ひどく啖呵の切れる――そして酒がいわせるのか、妙に自暴をふくんだ女のことばに――困りぬいた女中はまた奥の内緒へもどって行った。
奥ではさっきから、爪弾きの低い絃の音がもれていたが、ふッと止んで、女中の声やら男の声も交じり、何か、ひそひそ揉めていたが、やがて女将らしいのが、年増の客の部屋へはいって来た。
「だれだえ。私を、知っていると仰っしゃるのは」
「まあ、やっぱりお袖さんだったね。ほんに、久しぶりじゃないか。ま、一杯おあがりな」
「たれかと思ったら、むかし八丁堀にいたスリのお島さんだね」
「おまえさんも、変ったこと。化物刑部のお仕込みで、その後は、たいそう凄いお姐さんになったんだってね。……実は、仲間に会って、ついこの頃のおまえさんの様子を聞いたから、お祝いに来たのさ」
「ご親切さま。だけど、生憎と、お祝いをいただくようなこともないよ」