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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
逢わで此世を
二十日もたてば、十手風もきっと緩むとおれは見ている。どこか、そこらの、押入住居で我慢しよう。……たのむぜ、当分、おれのからだを」
かれは、のそのそ上がって来た。そして書斎のすみの戸棚をあけ、もうわが住み家と、そこへ、尻の方からもぐりこんだ。
逢わで此世を
大岡家の紋は、稲穂の輪だった。家祖が、稲荷の信仰者で、それに因んだものという。
そのせいか、赤坂のやしきの地内には、昔から豊川稲荷を勧請してあった。秋も末頃となり、木々の落葉がふるい落ちると、小さな祠が、小高い雑木の丘に、透いて見える。
丘の西裏から、一すじ、ほそい道がついていた。これは、聞きつたえた町の信心家が、いつとはなく踏みならしたお詣りの通い路で、地境の柵のやぶれも、やしきでは、塞ぐことなく、自然の腐朽にまかせてある。
「……まあ。いい気もちそうに、寝てしまって」
稲荷の祠と、背なか合せに、木洩れ陽を浴び、落葉をしいて、乳ぶさのうちに寝入った子を、俯しのぞいている若い母があった。
そっと、乳くびをもぎ離すと、乳のみ子の本能は、かえって、痛いほど吸いついて、音さえたてた。
「……もう、いや、いや。