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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
「お袖。くわしいことは、ここでは話しかねるのだ。わしと共に、静かな所まで来てくれぬか」
「牢屋へですか」
お袖の尖りきった神経は、すぐ猜疑の刃を、研いだ。藪八は、やわらかに、笑い消して、
「いや、この藪田助八の屋敷だよ。わしは、南町奉行所とは、何の関係もない者だ。むしろ、越前守の過去の素行を、さるお方のいいつけで、つぶさに調べ上げておる者じゃ」
お燕も、拝むようにいって、共に縋った。
「おっ母さん。藪田様のおことばに、決して決して、偽りはありません。私も一緒にまいりますから。……ね、ね、おっ母さん」
でもなお、お袖は疑っていたが、そのとき、あなたの空き部屋で、酔い伏しているとばかり思われていたお島が、這うように、身をもたげて、ふすま越しに、こういうのが聞えて来た。
「ああ、羨ましいねえ! ……お袖さんには、そんないい子があったじゃないか。余りぜいたくをおいいでないよ。わたしなら、わたしを騙して捨てた男のでもいいから、わが子と名のつくものが欲しい。――もし、そんな子があって、子に引かれて行くならば、針の山へでも登ってゆくよ。……何を迷っているのさ、お袖さん。