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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

「俺は、思いのほか、浅傷だったので、ひと月も経つと、もとの体に回ったが、何しろ、おめえの傷は、場所がわるい」

「でもなあ、由。あれが、女の力だったから、これくらいですんだが、男の腕でやられていたら、その場で、命はなかったろうッて、お医者がいった。……欲には限りがねえよ。日ごろ正直に勤めていたので、神さまが、お助け下すッたものだと俺あ思ってなあ――寝床の中にいるうちに、この頃おれは、すっかり信心家になったよ」

話しこんでいると、その時、たれか番屋の裏を、通り抜けたような気配がした。

「おや? ……由。どうもおかしいぜ。ちょっと、裏を廻ってみな」

「脅しちゃいやだぜ。……どうもあれ以来、臆病ぐせがついちまった」

「おめえの臆病は、この頃のことじゃアあるめえに」

「だが、あんな目に遭えば、誰だって、当分、オジ気は直るもんか。ああ、はやく番太稼業なぞは、やめてえもんだ」

やっと腰をあげて、土間の隅から六尺棒を手に持った。そして、油障子を開け、外へ、顔を出したと思うと――どうしたのか、由蔵は、ぶるッと、胸をふるわせて、そのままそこに、声をのんで、自失してしまった。

すぐ目と鼻の先の橋のたもとに、黒い人影を見たのだった。