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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

やり損なったら、あぶないものだ」

「臆病だね、久助さんは」

「その久助に、手をあわせて、後生、たのむ、一生恩にきるからと、あんなに泣いて、かき口説いたのは、誰だッけ」

「そんなこと、いいからさ」

打つ真似して、追いたてると、久助はやっと腰をあげ、ひと風呂敷の和本を、肩から脇にかかえ、

「じゃあ、ここを去なずに、待っておいでなさいよ。うまくゆけば、おたのしみだ」

「おねがい……」

お袖は、拝むようにいって、味噌久を見送った。もとの道からそこを下りて行ったかれは、丘のすそを巡って、やがて大岡家の表門のある赤坂筋の広い通りを歩いていた。

大岡家は、十一家もあり、ここの忠右衛門忠真は、本家格ではないが、お徒士頭、お先鉄砲組頭、駿府定番などを歴任し、いまは、閑役にあるといえ、やしきは大きなものだった。

男子がないので、同族の弥右衛門忠高の家から、七男の市十郎(幼名は求馬)を、十歳のとき、もらいうけた。むすめのお縫にめあわせて、家督をつがせるつもりなのは、いうまでもない。

ところが、養子の市十郎も、年ごろになるにつれ、近頃の若い者の風潮にもれず、おもしろくない素行が見えだした。