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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

(大岡越前どのは今、ある事件のため、非常な苦境に立っておられるそうだ)

という噂を聞いた。

鉄淵は、それだけで、およその事態を、すぐ察した。前々から書簡の往来で、越前守から、それとなく訊かされていたことなど、思い合わされたからだった。

「慰めてやろう」

かろい気持で、彼は今夕、越前守を役宅に訪ねたのである。

ふたりは、久し振りに会って、心から久濶の想いを、慰め合った。越前守は、この人にだけは、隠すことなく、何でも話せた。自分をまだ未熟な一凡人として、人間通有の弱さも、何の虚飾もなく、打ち明けていえるのだった。

「よくよくな宿縁じゃの、あんたと、わしとは」

鉄淵は、やがていった。

「――あんたにとって重大な人生の岐れ路というと、かならず、あんたの前に、わしが現われる」

「まことに、有難い仏縁です」と、越前守も微笑して、

「一度ならず二度までも。……きっと、三度目には、亡き骸となって、さいごの引導をさずけて戴くのかもしれません」

「すぐに、死を意識するのは、好くない。さむらいの口癖だが」

「はい。べつに、急ぎもしませんが」

「なるべく、生きる道をとった方がいいからな。