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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
勿論、そんな秘事は、お袖は今聞くのが初めてだった。越前守は、かの女の眸のうつろを見つめていった。
「袖。そちが申し立てた最前からの怨みつらみは、すべてこの白洲の吟味上には、何の関りもない、私事じゃ。が、おそらくそちの叫んだ一念は、そちのいう相手の大岡市十郎とやらの胸にも、一個の人間として、ずんと胸の底の底までこたえたことであろうよ。……さあれ、ここには市十郎はおらぬ、同席の同役、また陪席のお目付たちと、奉行越前守がおるだけじゃ。そちの怨みに答える市十郎は、やがて公の職を解かれ、一個の私に返った時、きッと、そちの前に詫びに参るにちがいない。そちが十余年の怨恨は、なおその時に存分にはらしたがいい。……いや、かく申すなども、白洲にはあるまじき余事。もう取糺すべき事もない。吟味は相済んだ。立て 立て」
余す元兇
その日の午過ぎには、続いて、大岡亀次郎の白洲が開かれた。
大亀は、ぺたんと、白洲に曳きすえられると、越前守の姿も見上げず、終始、うな垂れたままだった。
「面目ねえ。もう、どうにでもしてくれ……」
と、彼の姿が、すでにそういっているふうだった。
しかしこの大亀も、初めは、猛烈な反抗をもって、越前守の悪罵を昼夜牢内でわめき狂っていたのである。