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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

そのお袖さまにも、私は、会ったことがあるのです」

「えっ。そなたと、お袖とが。――して、それは何日、どこの場所で」

「やしきのお庭の隅の丘で。あの、稲荷の小さい祠の前で。……あなた様は、まだお部屋住みで、奥の書斎にとじ籠っておられました」

「おう、では……味噌屋の久助という悪い遊び仲間がまだいた頃だの。その久助が、お袖をつれて、わしへ会わせに来たときだの」

「稲荷の丘で、幼い者の泣き声がするので、ふと、私が庭づたいに参りますと、お袖さまが、久助とやらをつき退けて、死にもの狂いで、あなた様のお部屋の灯を目がけ、馳け出そうとして来ました。……はッと、私は立ちふさがり、私も、女の一図で、争いました。火のような、ことばの投げあい、ひとりの、自分のものとする殿御を賭けて、女と女との、たたかいは、男同士の剣沙汰などよりは、もッともッと、命がけです。思い出しても、そのときの自分の強さが考えられない程でした」

「…………」

「――が、後には、勝った自分も、折にふれて、いい知れぬ悩みと、淋しさに襲われました。今ですから申します。縫は、あなた様を信じながらも、長い年月、もしやその後もと……良人を疑って見る自分の浅ましさを、どうしようもございませんでした。