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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
「ばかをいえ」
阿能十は、ここぞと強がった。
あばた顔の大亀が、この仲間では、年かさで、体つきも頑丈だが、小柄ながら阿能十には、武家息子らしい風骨と敏捷さがある。
「今夜のことは、おれの発議だ。まちがっても、大亀にもてめえにも、ヘマを喰わせてすむものか。おれがいる。さあ行こうぜ」
阿能十は、頬被りを解いて、ぽんと払って、顔に被り直しながら、長い刀に反りを打たせて立ち上がった。
色街でもない真ッくら闇を、いつもの癖で、阿能がイヤに気取って歩くのをうしろから見て笑いながら、あばたの大亀も、のそのそと味噌久を中に挟んで歩き出した。
だん畠の傾斜地を下り、谷をわたって、向うがわの丘へ上がる。そして雑木林の細道を半里ほども行くと、いんいんとして犬の遠吠えが聞えてきた。一頭や二頭ではない。何百、何千ともしれない群犬の声である。それが谺して、一瞬この世の声ともおもえぬ凄味に夜をつつんだ。
「お、あれだ、お犬小屋は」
「ちがった人間の臭いがしてくると思ってか。もう吠えたてていやがる。気をつけろよ」
遠吠えは、まもなくやみ、三人はまた道をさぐった。
林を出端れると、高い板囲いにつき当った。