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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

彼は、それを見たとき、憤りの血に駆られずにいられなかった。法の下なる無力な億生のために、阿修羅にもなれと思った。きょうの彼は、阿修羅越前になって、吉宗にぶつかって来たのである。

「ああ、何やら、大きな明りを、見出したように思うぞ。――奉行、吉宗に、たとえ一ときでも、縄を打て、正に、将軍家なるものは、罪の元兇だ。縛れ、そして、天に代って十手でわしの体を打て」

吉宗は、卒然と、叫んだ。

「あ。ありがとう存じまする。おわかり下さいましたでしょうか」

「解らいでか」

と、吉宗は、眼じりに、彼らしい感情の昂ぶりを見せ、なお、打て打て、といってやまなかった。

「当御代には、まだ、さきに挙げたような罪科はございませぬ。強いて、刑を明らかにと申せば、恐れながら、それは御霊廟の地下に及ばねば相成らぬことになります。どうか、お心を安んじてください。奉行越前守が、お糺し申すことは、終りましてございまする」

「いや、吉宗は、安んじきれぬぞ。――越前、十手と縄を、あれへ置け」

彼の身は、縁をとび降りて、真下の、広芝へ馳け下りていた。

何思ったか、芝生のうえに、ぴたと坐った。

越前守は、命にまかせて、彼の前に、十手捕縄をおいた。